FIGHTERS

名前 | 長谷川秀彦 |
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所属 | アカデミア・アーザ |
出身 | 兵庫県 |
身長・体重 | 176cm・76kg |
生年月日 | 1978年7月13日 |
主なタイトル | 第2代DEEPウェルター級王者 |
DEEP戦歴 |
柔道、サンボで輝かしい成績を残し、極めの殺し屋と呼ばれ、02年のデモリッションで総合格闘技デビューを果たす。05年7月のDEEP19でDEEPに初参戦し、いきなり2連敗するが、12月のDEEP22の中村大介戦から岩瀬茂俊、クイントン・アレンサを破り3連勝を飾った。06年10月のDEEP26では濱村健をチョークスリーパーで極め、07年2月のDEEP28では中尾受太郎を破り、第2代DEEPウェルター級王者となった。続く8月のDEEP31では、キム・ドンヒョン(現在UFCで活躍中)にTKO負けを喫してしまうが、10月のベルトをかけた再戦では判定で引き分け、初防衛に成功した。この試合が評価され大晦日の「やれんのか!大晦日2007!」で桜井"マッハ"速人と対戦するなど一気に知名度を高める形となったが、08年7月のDEEP36で池本誠知に破れベルトを失った。その後、M-1チャレンジの日本チームの代表として、海外で試合経験を積み、09年10月のDEEP44では元ミドル級王者の上山龍紀相手に完勝するが10年2月のDEEP46で奥野"轟天"泰舗にKO負けを喫し、眼窩底骨折に追い込まれた。そんな中、11年4月の北崎鎮戦で復帰するが、中々結果を残せない状況が続き、13年3月には階級を下げ、DEEPライト級GPに出場したが、一回戦でいきなり宮崎直人(このトーナメントで優勝)に一本負けに終わった。しかし、最近の中では悪くない動きを見せるなど、今後ライト級で期待がもてる試合内容であったが6月のDEEPCAGEでは大会前日に交通事故に合い、7月のBRAVE FIGHTではエドモンド金子にKO負けするなど結果を残せなかった。しかも、計量オーバーするなどプロ格闘家として最悪の状態に佐伯代表から引退勧告を受けるなど、これまで数多くのファイターの中でここまで王者からどん底に落ちたケースは珍しいと言える。そして、12月のDEEP64ではDEEPで癒一極めて勝った濱村健と引退試合を行い、現在は後輩の育成に力を入れている。